家系を護る田分けブログ
「相続対策は家が滅べば意味が無い、家系・先祖・子孫を護ることが最優先である」

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2019.07.31更新

今の日本では死んだらお終いというのが常識化されていますが、世界では死後の世界があると信じている人が大半です。また日本では無宗教が当たり前のようになり宗教というと現世利益を求める新興宗教のようなものと思われています。
しかし若い人達も占いは信じたり、霊の存在を信じたりもしています。

量子論の科学者が真理を探究すればするほど目に見える人間界が全てではないという結論になっていて、日本人だけが未だに現世・今だけの人生だと多くの方が思っているという、世界水準からは大変遅れています。
ここではそれらを詳しく述べることはできませんが、私が読んだ本を次に挙げておきます。
もしこの死後の世界があるとすれば、今の未来が死後であるので、過去の未来が現在と云うことになり、現在があると言うことは当然過去である前世もあることになり、相続の考え方が根本的に変わってきます。現在のように財産をどう分けるかだけでなく、葬儀や供養と云った親などの未来をどうするか、自分たちの未来を子供にどうして貰いたいか、家族の歴史をどうつないでいくかが大きなテーマになるはずです。

私の手元にある本の一部を次に挙げます。
・「転生の秘密、エドガー・ケーシー・レポート」  ジナ・サーミナラ著 多賀瑛訳 たま出版
・「かいまみた死後の世界、よりすばらしい生のための福音の書」  シイモンド・A,ムーディJr著  中山善之 訳  評論社
・「スウェーデンボルグの霊界日記 死後の世界の詳細報告書」 エマヌエル・スウェーデンボルグ著  髙橋和夫訳   たま出版
・「死後の世界を突きとめた 量子力学」  コンノケンイチ著  徳間書店
・「チベット死者の書 仏典に秘められた死と転生」  川邑厚徳・林由香里著 日本放送出版協会
・「人は死なない ある臨床医による摂理と霊性をめぐる思索」  矢作直樹著 バジリコ出版
・「前世療法 米国精神科医が挑んだ、時を超えたいやし」  ブライアン・L・ワイス著  山川紘矢・亜希子訳  PHP文庫
・「輪廻転生 驚くべき現代の神話」  J・L・ホイットン他著  片桐すみ子訳  人文書院

このような本は大きな本屋さんに行けば山のようにあります。宗教の話だからと毛嫌いをしないで下さい。そうではないのです。宗教ではなくて科学の真理の話です。
だからいくらマスコミで家族葬だとか墓じまいと言って人間は死んだら終わりだと洗脳しようとしても、心の奥底では本当のことを知りたいという本能が渦巻いているのです。相続のことを考えながら是非死後の世界のことを調べてみませんか、そうすれば本当の先祖からつなぐというのが意味あることだと分かってきます。

投稿者: 税理士法人あけぼの

2019.07.27更新

この様に考えれば、死んだらお終い、葬式は簡単にして、墓は無く、また墓じまいをしようとかが、自分と先祖との繋がり根っこを切ってしまうことが解ります。根っこを切られた木や枝葉は栄養分が途絶え枯れてしまうのです。

俗に言う良い家系をイメージして下さい。日本で言えば天皇家や藤原家、徳川家、皆様方の地域の名家や旧家など。
これらの家で家族や親戚関係が面倒だという人は、殆どいないと思います。勿論中には家族を嫌っている人もいるかも知れません。でもしっかりした根っこと、幹があればこそ、これからの子々孫々の発展繁栄があるのです。

巷で言われている家族は面倒とか、先祖は祀らない、墓は要らない、家族だけの結婚式や家族葬は、幹である自分で木の根っこを切り、子孫である子供達に栄養分を与えないようにしていると思いませんか。
私たちはマスコミに騙されているのです、先祖が面倒だと思わされているのです。
確かに一部の現象だけを見れば親の介護も大変、親戚づきあいも大変、お年忌法要や親戚付き合いも大変など言い出したらきりがないくらい大変なのです。
しかしなぜ良い家系はその大変さを行っているのでしょうか、それ以上に何かある、それが自分たちの繁栄の基になっているというのを知っているからなのです。

投稿者: 税理士法人あけぼの

2019.07.23更新

現在曾野綾子さんが提唱者となって「親守詩(おやもりうた)」というものを全国に広げる活動があります。
親守詩とは、子が親に対して自らの気持ちを歌に詠んだり、エッセイにしたりして伝えるのです。第六回の受賞作品で、香川県高松市の中学校一年生の女子生徒が「『うっとうしい』をこえての『絆』」というエッセイを書いています。それをご紹介したいと思います。

「女の子って、めんどくさい。」 そう思ったのは、中学校に入ってすぐだった。
トイレに行くのにも、教室移動のときも、登下校もずっといっしょに居ないといけない。たまには一人で居たいときもあるのに。
ある日私は、そんな思いをママにぶつけてみた。するとママは、お皿洗いをしていた手をとめて、「ここに『絆』って字をかいてごらん..」と、ホワイトボードを指さし言った。そして私が『絆」の字をかくと、ママはその横に『し』とつけたした。
「『絆し(ほだし)』っていうのは、『うっとうしい』って意味なの。みんな『絆し(ほだし)をのりこえて『絆』をつくるんだよ。」と言った。
心がスッキリしたような気がする。ママありがとう。
だから私は、そんな関係を友達とつくりたい。ママと私のように。」

この女子生徒の母親のいう通りです。うっとうしい絆しを突き抜けて,本当の絆のある社会が生まれるのです。そこから逃げ出して社会に助けを求めるのは本当の絆のある社会ではありません。それが「自助から共助、共助から公助へ」という日本型福祉社会のビジョンです。私も、その方向性が正しいのではないかと思っているのです。

最近よく言われている「美しい日本の心」とは何かと考えると、一番の核にあるのは「親心」と「孝心」であろうと思います。つまり、親が子を思う心と子が親を思う心です。この親と子の心の絆こそが「美しい日本の心」ではないかと思うのです。その絆を取り戻すことが喫緊(きっきん)の課題になっているのです。
山上憶良(やまのうえおくら)は『万葉集』で「銀(しろがね)も金(くがね)も玉も何せむに勝れる宝子にしかめやも」と詠んでいます。また、吉田松陰は辞世の句で「親を思う心に勝る親心けふのおとつれ何ときくらん」と詠みました。処刑に赴く自分を憐れんで悲しんでいる親心のほうが親を思う心よりも深いという気持ちを詠んだのです。

そういう、親が子を思い、子が親を思う温かい気持ちが日本を支えてきたのだと私は思っています。
この気持ちはイデオロギーを越えています。『蟹工船』を書いた小林多喜二は特高に捕縛されましたが、面会に来た母親の「お前の書いたものは間違っていない」という言葉を聞いて、「お母さんは自分を信じてくれた。だから僕は天国に行く」と言って死んでいったといいます。母親が自分を全面的に信頼してくれたから、自分は天国に行くことができると信じたのです。その意味で、これも親心です。親心が子供を育てていくのです。」(引用おわり)

このような親子の絆があれば、親子で争う相続問題がなぜ起きるかと思います。しかし残念ながらこの親子関係すら壊されてしまっているのです。

投稿者: 税理士法人あけぼの

2019.07.20更新

「日本が二度と立ち上がれないようにアメリカが占領期に行ったこと」  髙橋史朗著 致知出版 2014年版からの引用です。

 最近「絆のある社会」とよくいいますが、絆の意味が十分には理解されていないのでは、と思うことがあります。本来の「絆」(ほだし、きずな)とは、馬が逃げないように縛り付けるロープを意味しています。つまり、絆とは束縛することを意味しているのです。

曽野綾子さんが平成二十四年一月一日の産経新聞の「正論」という欄で、その件を非常に明確に指摘しておられます
「絆の第一歩は、年老いた親や親戚縁者や友人を、災害の時には引き受けることだろう。そもそも、絆の基本は、親と同居することだ」
「絆はそれによって得をするものではない。相手のすべての属性を受け入れることだ。(中略)美点も難点もすべて受け入れることが、絆を大切に思う姿勢というものだろう。絆を求める心が、自分になにかを与えてくれる人を期待しているとしたらそれは間違いだ」
「絆は、むしろ、苦しむ相手を励まし、労働によって相手を助け、親切に語り、当然金銭的な援助さえもすることなのである。受けるだけの関係など絆ではない。むしろほんとうの絆の姿は、与えることなのである。自分が与える側に廻ることを覚悟するとき、人は初めて絆の中に立つ」
「ほんものの絆は、相手のために傷つき、血を流し、時には相手のために死ぬことだ(中略)絆は自分の利益のために求めるものではない。むしろ自分の安全や利益などを捨てた時に、人間は絆の深さを示して輝くのである」「悲惨な地震と津波が濃密な現世に引き戻した、としたら、それは我々の人間性復活のための大きな贈り物と考えたい」
 今は「子ども手当」をあげましょう、育児と介護は社会が担いますよ、というようなものが絆のある社会だと誤解されているのです。つまり、足りないものを社会に求め、求めたものが与えられるのが絆のある社会だというふうに誤解されている。でも、それは絆の意味を取り違えていますよと。この曽野さんの指摘は非常に鋭いものがあります。(次回へ続く)

投稿者: 税理士法人あけぼの

2019.07.17更新

 相続で失うものと得るもの、「お金では買えないもの」があるのです。
遺産分割で争って得るものはお金財産だけです。失うものは親子関係、兄弟関係、人間が生きていく上で最も大事なものは家族や親戚関係や友達など人間関係なのです。
これが切れてしまうと精神的不安定になり、自分探しの旅に出たりするのです。孤児の人々がどのように生きてきて、どれ程精神的に不安であったか。この世に自分はたった一人であり、頼れるところ相談するところがないのがどれ程不安や悲惨になるかを考えて下さい。


目先の欲に駆られた今の自分では思いつかないかも知れないが、自分の子供は伯父さん叔母さんや従兄弟などの関係を切られてしまうとしたら。親子先祖の関係は見えないからないのではなく、間違いなく存在しているのです。喧嘩して墓参りも出来なくなれば根っこを切られた木と同じです。時間が経てば徐々に枯れてくるのです。


運が良いのも親の七光りがある事を覚えて下さい。

家族が崩壊すると、地域社会も崩壊し、最後はこの日本が崩壊するのです。

いま自由という名の基に好き勝手に生きている人がいます。その自由は安定した社会がある事で存在するのです。
国家が崩壊すれば自由どころか安定した仕事や食料や安心して暮らすことすらなくなるのです。
国という守がなく流浪の民として悲惨な生活を送ってきたユダヤ人だからこそ家族の絆が大事だと言っているのです。いま私達は何でも自由で何でも買えると思っていることは錯覚なのです。家族があり国家があるからこそ自由も安全もあるのです。


失う前に大事なことを考えて下さい。「絆し」があるから「絆」があるのです。

投稿者: 税理士法人あけぼの

2019.07.13更新

最近マスコミで最後は一人とか、家族は邪魔とか家族をバラバラにするような報道とか本の出版が目立ちます。日本中の至るところで現実に家族関係が壊れたのを見ている中で、だめ押しでやっぱり家族なんか最後は一人と宣伝することで二度と戻らなくなってしまいます。
バラバラになったら弱くなり、外敵から身を守れなくなる事をイソップ物語は教えています。
「こころの朝」木村耕一著 1万年堂出版の本の中に次のような話があります。

「三頭のウシを食べたライオン」 人生にこんな場面ありませんか

「イソップ物語」は、子供向けに作られた話ではありません。本当は、大人へ向けた、生き方のアドバイスだったのです。イソップは、二千五百年ほど前の人で、ギリシャの奴隷であったといわれています。弱い立場にあった彼は、動物を利用した例え話を作って、メッセージを発信していたのです。

三頭のウシが、いつも並んで草を食べています。
ライオンが、このウシを襲おうとしました。
しかし、百獣の王であっても、ウシが団結して向かってきたら 逃げるしかありません。

ライオンは、考えました。
「これは、力では勝ちめがないな。つまり、あいつらを、バラバラにすればいいんだ。
何かいい方法はないだろうか……」

次の日から、ライオンは、草の陰に隠れて、ウシが仲間から離れるチャンスを待っていました。
そして、一頭に近づいて、「君のことを、彼らはバカにしていたよ」と、ささやいたのです。
次の日、ライオンは、別のウシのそばへ行って、「君の悪ロを聞いたぞ」と教えました。

最後の一頭にも、「彼らは、君の文句ばかり言っている」と告げたのです。
ウシたちは、最初は、「ふん! そんなことはないさ」と聞き流していました。

ところが、ちょっとしたことでぶつかった時に、
「ライオンが言っていたことは、本当かもしれないな」という思いがわいてきました。

一度、疑いが出てくると、
「どうも、おかしい」「いつもと、違うな」 と、何でも悪いほうへ、悪いほうへと
拡大解釈するようになってしまいます。

やがて、ケンカが始まり、三頭のウシの心は、完全にバラバラになりました。
「おまえの近くになんか、いたくないさ」と言って、
わざと距離を置いて草を食べるようになったのです。

ライオンは、忍耐強く、この時を待っていました。
悠々と一頭のウシに襲いかかります。
かみついて、引きずっていっても、残りの二頭は、仲間を助けようともしません。
悲しいことに、団結を失うと、やがて自分の命が危なくなることに、誰も気づかなかったのです。
やがて二頭めが殺され、三頭すべてが、ライオンの餌食になってしまったのでした。

悪口を言う人に会ったら、このライオンのような、恐ろしい人だと思って、
遠ざかったほうがいいのです。
自分の悪口が聞こえてきても、気にしないようにしましょう。
真に受けて、友人や仲間を疑い始めると、人間関係が壊れ
てしまい、すべてがダメになってしまうのです。

 

投稿者: 税理士法人あけぼの

2019.07.13更新

最近マスコミで最後は一人とか、家族は邪魔とか家族をバラバラにするような報道とか本の出版が目立ちます。日本中の至るところで現実に家族関係が壊れたのを見ている中で、だめ押しでやっぱり家族なんか最後は一人と宣伝することで二度と戻らなくなってしまいます。
バラバラになったら弱くなり、外敵から身を守れなくなる事をイソップ物語は教えています。
「こころの朝」木村耕一著 1万年堂出版の本の中に次のような話があります。

「三頭のウシを食べたライオン」 人生にこんな場面ありませんか

「イソップ物語」は、子供向けに作られた話ではありません。本当は、大人へ向けた、生き方のアドバイスだったのです。イソップは、二千五百年ほど前の人で、ギリシャの奴隷であったといわれています。弱い立場にあった彼は、動物を利用した例え話を作って、メッセージを発信していたのです。

三頭のウシが、いつも並んで草を食べています。
ライオンが、このウシを襲おうとしました。
しかし、百獣の王であっても、ウシが団結して向かってきたら 逃げるしかありません。

ライオンは、考えました。
「これは、力では勝ちめがないな。つまり、あいつらを、バラバラにすればいいんだ。
何かいい方法はないだろうか……」

次の日から、ライオンは、草の陰に隠れて、ウシが仲間から離れるチャンスを待っていました。
そして、一頭に近づいて、「君のことを、彼らはバカにしていたよ」と、ささやいたのです。
次の日、ライオンは、別のウシのそばへ行って、「君の悪ロを聞いたぞ」と教えました。

最後の一頭にも、「彼らは、君の文句ばかり言っている」と告げたのです。
ウシたちは、最初は、「ふん! そんなことはないさ」と聞き流していました。

ところが、ちょっとしたことでぶつかった時に、
「ライオンが言っていたことは、本当かもしれないな」という思いがわいてきました。

一度、疑いが出てくると、
「どうも、おかしい」「いつもと、違うな」 と、何でも悪いほうへ、悪いほうへと
拡大解釈するようになってしまいます。

やがて、ケンカが始まり、三頭のウシの心は、完全にバラバラになりました。
「おまえの近くになんか、いたくないさ」と言って、
わざと距離を置いて草を食べるようになったのです。

ライオンは、忍耐強く、この時を待っていました。
悠々と一頭のウシに襲いかかります。
かみついて、引きずっていっても、残りの二頭は、仲間を助けようともしません。
悲しいことに、団結を失うと、やがて自分の命が危なくなることに、誰も気づかなかったのです。
やがて二頭めが殺され、三頭すべてが、ライオンの餌食になってしまったのでした。

悪口を言う人に会ったら、このライオンのような、恐ろしい人だと思って、
遠ざかったほうがいいのです。
自分の悪口が聞こえてきても、気にしないようにしましょう。
真に受けて、友人や仲間を疑い始めると、人間関係が壊れ
てしまい、すべてがダメになってしまうのです。

 

投稿者: 税理士法人あけぼの

2019.07.10更新

 

 前回余命3ヶ月の宣告をされて良かったと書きましたが、その後の経過報告。
余命宣告をされる前でも事業承継対策をやってきましたが、やはり本気さが少しかけていました。
エンディングノートも書くとは言いながら筆が進まず、いい加減な状況でした。しかしもう死が目前に迫っています。自分が死んだ後会社はどうするのか、営業は、経理は、資金繰りは、得意先や従業員などの人脈構築など準備すべきものはもの凄くあります。

そして葬儀はどうするのか、お寺はどのようにするのか、お墓は新家のためまだ無い。
お墓をつくるには墓地の敷地の取得から墓石も決めないと行けない。誰を葬式に呼ぶか、その後の法要はどうするのかなど、一般に云われる相続対策、特に財産分割と節税対策どころではなく、目先の細かいところが気になるのです。

お寺とお墓の話を家族で話しているときに異変が起きました。
妻からどうせ死んだらお終いなのだから葬式は簡単で良いよね。また、お墓は息子が子供がいないので家が続かない、だからどうせ無縁仏になってしまうので散骨でいいじゃないと言ったのです。
あと少しで人生が終わっていく人に対して、「葬式簡単で、お墓も無くて良いよね」との言葉でビックリ。私は、今から逝く人の本当の実感は無いものの、葬式も簡単で散骨では余りにも寂しいと思います。
本人はやはり時々はお墓にお詣りをしてほしいと言っている。世の中お墓の中に私はいませんという歌があるように、人間死んだら終わりと考える人が多くなっています。これでは先祖を敬ったり感謝する気持ちも消えてしまい、目先の自分だけ、目に見えるものだけを考えることで家が潰れていき、社会が壊れ国が壊れてしまう。終活といいながら死んだらお終いというのはどこかおかしい、家族関係もズタズタに切られてしまって未来の日本が心配になっています。

投稿者: 税理士法人あけぼの

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