家系を護る田分けブログ
「相続対策は家が滅べば意味が無い、家系・先祖・子孫を護ることが最優先である」

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2017.10.11更新

相続対策から始まって家族葬になってきたら、どうも昔読んだ丹波哲郎の大霊界の話になってしまった。死んだ先が有るか無いかは行った事がないので分からないが、相続は財産分割だけではないとする私にとって、葬儀の意味や死後の世界も気になるところです。ネットで丹波哲郎を調べたら次のようなものがありました。もしこれが本当だとしたら葬儀のやり方や、遺産分割での兄弟喧嘩など考え直す必要がありますね。

 

A,死者は弔辞を聞いているか?
告別式では、霊前で故人の遺徳をたたえる弔辞を友人代表なとが読み上げますが、 故人に弔辞者の追慕の気持はちゃんと伝わっているのでしょうか。

 

Q,死者の霊魂は、およそ50日間この世に留まっているとよく言われが、その根拠は全くない。十年・百年もこの世をさ迷う者もある。しかし、自分の葬式の有様や遺族、知人・友人などが死を悼む様子を一切合切見ている。それは、死を軽蔑し、バカにしながらみている場合が多い。従って、告別式の様子も一部始終見ているわけだが弔辞はちゃんと聞いている。

 

それが心底から発した哀悼の意や追慕の気持であるか、上辺だけのものかを聞き分ける。生者はごまかせても、死者の霊を欺くことは不可能なのである。 また、弔辞を聞いている死者は、自分の死を自覚している者とそうでない者とは雲泥の差があり、今後の霊界における生き様も甚だしく違ってくる。だから、追悼者は、「あなたは死んだんですよ」ということを深く深く念じてあげることが大切で、良い声や良い調子のお経などは余り役にも立たないようだ。

 

こんな事が本当にあるのなら、もっと葬儀の意味を考えないといけないのです。

投稿者: 税理士法人あけぼの

2017.10.11更新

相続対策から始まって家族葬になってきたら、どうも昔読んだ丹波哲郎の大霊界の話になってしまった。死んだ先が有るか無いかは行った事がないので分からないが、相続は財産分割だけではないとする私にとって、葬儀の意味や死後の世界も気になるところです。ネットで丹波哲郎を調べたら次のようなものがありました。もしこれが本当だとしたら葬儀のやり方や、遺産分割での兄弟喧嘩など考え直す必要がありますね。

 

A,死者は弔辞を聞いているか?
告別式では、霊前で故人の遺徳をたたえる弔辞を友人代表なとが読み上げますが、 故人に弔辞者の追慕の気持はちゃんと伝わっているのでしょうか。

 

Q,死者の霊魂は、およそ50日間この世に留まっているとよく言われが、その根拠は全くない。十年・百年もこの世をさ迷う者もある。しかし、自分の葬式の有様や遺族、知人・友人などが死を悼む様子を一切合切見ている。それは、死を軽蔑し、バカにしながらみている場合が多い。従って、告別式の様子も一部始終見ているわけだが弔辞はちゃんと聞いている。

 

それが心底から発した哀悼の意や追慕の気持であるか、上辺だけのものかを聞き分ける。生者はごまかせても、死者の霊を欺くことは不可能なのである。 また、弔辞を聞いている死者は、自分の死を自覚している者とそうでない者とは雲泥の差があり、今後の霊界における生き様も甚だしく違ってくる。だから、追悼者は、「あなたは死んだんですよ」ということを深く深く念じてあげることが大切で、良い声や良い調子のお経などは余り役にも立たないようだ。

 

こんな事が本当にあるのなら、もっと葬儀の意味を考えないといけないのです。

投稿者: 税理士法人あけぼの

2017.10.05更新

家族葬では自分は嫌だ、という気持ちを考えてみると、いったい何だろうか。
自分が死んだらそれでお終い、もう何も残らないし只遺体という脱け殻が残るだけと思ったら焼いてお終いかも知れない。しかし自分が今まで生きてきた人生は何だったかと思うと、いろんな人の心に残って欲しいと思うのは私だけだろうか。
あの人とはあんな事もこんな事もした、お世話になった人、迷惑をかけた人、何かお役に立てた人、一緒に人生を歩んだり、苦労をともにした人、一緒に飲んで笑ったり泣いたりした人など。
多くの人と自分は人生を生きてきた、そんな人に最後のお別れをする時間と場所を持って貰いたいと思う。

 

自分も今まで多くの人の葬儀に参列をした。数珠を持ち会場に入った瞬間正面の写真を見て涙した事も何度もある。読経の最中色々な事が思い出され、焼香台に近づきながら心の中で最後のお別れをする。そして焼香をしながら個人と色々会話やら、これからの生きる事への約束などもする。

 

自分の人生の一コマの葬儀の参加は、少ない時間ではあるがもの凄く多くの想いやこれからの事も、一気に凝縮されているのです。

 

また多くの人が言う「ご冥福をお祈りします」と。冥土に云ったら幸福になるのだとみんなが祈ってくれる。こんな凄い瞬間が葬式なのです。
簡単に安く済むからと云って、「家族葬」で済ましてくれるなと言いたい。

投稿者: 税理士法人あけぼの

2017.10.05更新

家族葬では自分は嫌だ、という気持ちを考えてみると、いったい何だろうか。
自分が死んだらそれでお終い、もう何も残らないし只遺体という脱け殻が残るだけと思ったら焼いてお終いかも知れない。しかし自分が今まで生きてきた人生は何だったかと思うと、いろんな人の心に残って欲しいと思うのは私だけだろうか。
あの人とはあんな事もこんな事もした、お世話になった人、迷惑をかけた人、何かお役に立てた人、一緒に人生を歩んだり、苦労をともにした人、一緒に飲んで笑ったり泣いたりした人など。
多くの人と自分は人生を生きてきた、そんな人に最後のお別れをする時間と場所を持って貰いたいと思う。

 

自分も今まで多くの人の葬儀に参列をした。数珠を持ち会場に入った瞬間正面の写真を見て涙した事も何度もある。読経の最中色々な事が思い出され、焼香台に近づきながら心の中で最後のお別れをする。そして焼香をしながら個人と色々会話やら、これからの生きる事への約束などもする。

 

自分の人生の一コマの葬儀の参加は、少ない時間ではあるがもの凄く多くの想いやこれからの事も、一気に凝縮されているのです。

 

また多くの人が言う「ご冥福をお祈りします」と。冥土に云ったら幸福になるのだとみんなが祈ってくれる。こんな凄い瞬間が葬式なのです。
簡単に安く済むからと云って、「家族葬」で済ましてくれるなと言いたい。

投稿者: 税理士法人あけぼの

2017.10.02更新

税理士法人あけぼのの近くに家族葬をする葬儀会場があります。
事務所の職員が「あまり使われていないが、経営的にやっていけるのかな」と会計事務所らしい話をしていました。昔コンビニだったところを増改築をし家族葬用の会場にしたものです。確かにもの凄く繁盛?しているとは思いませんが、時々営業?をやっています。

 

会計事務所的発想から計算をして見ると、固定費と言われるものと変動費というものがあります。固定費は営業してもしなくても固定的にかかる経費で、家賃、減価償却費、光熱費、広告宣伝費など。変動費は営業した場合に売上に比例してかかるもので、葬儀にかかる棺桶や白装束などの費用、儀式にかかるお花やお線香など、ここには常駐している人はいないのでその時に派遣されてくる従業員給料などがあります。

 

いくらかかるとはここには書けませんが、元々コンビニなどの店舗の跡を利用しているので設備には大してかかっていません。家賃が最も大きなものでありますが、変動費なども多くかかるものではないので、1ヶ月に数回の葬儀があれば何とかなると思います。また殆どの家族葬会場は別に葬儀会館を持った会社が、時代の中で簡単にできる葬儀として運営しているので、従業員の人もその日に派遣されるだけであるから余分な経費はかからないのです。

 

私も知人の家族葬に参加した事がありますが、全く簡単なものであり、僧侶の読経もあっという間に終わったような気がしました。参加者も家族と親戚とごく一部の親しい友人知人のみでした。あっけなく終わってしまった、何か物足りなく、寂しい思いや涙する時間も無かった、今までの付き合いは何だったか、想い出も何もかも心に浮かぶ暇さえ無かった気がした。
自分の葬式はここではやって欲しくないと思った・・・・
自分が死んだら、何人かの心にじーんとくる感情を持って欲しいと思った。

投稿者: 税理士法人あけぼの

2017.10.02更新

税理士法人あけぼのの近くに家族葬をする葬儀会場があります。
事務所の職員が「あまり使われていないが、経営的にやっていけるのかな」と会計事務所らしい話をしていました。昔コンビニだったところを増改築をし家族葬用の会場にしたものです。確かにもの凄く繁盛?しているとは思いませんが、時々営業?をやっています。

 

会計事務所的発想から計算をして見ると、固定費と言われるものと変動費というものがあります。固定費は営業してもしなくても固定的にかかる経費で、家賃、減価償却費、光熱費、広告宣伝費など。変動費は営業した場合に売上に比例してかかるもので、葬儀にかかる棺桶や白装束などの費用、儀式にかかるお花やお線香など、ここには常駐している人はいないのでその時に派遣されてくる従業員給料などがあります。

 

いくらかかるとはここには書けませんが、元々コンビニなどの店舗の跡を利用しているので設備には大してかかっていません。家賃が最も大きなものでありますが、変動費なども多くかかるものではないので、1ヶ月に数回の葬儀があれば何とかなると思います。また殆どの家族葬会場は別に葬儀会館を持った会社が、時代の中で簡単にできる葬儀として運営しているので、従業員の人もその日に派遣されるだけであるから余分な経費はかからないのです。

 

私も知人の家族葬に参加した事がありますが、全く簡単なものであり、僧侶の読経もあっという間に終わったような気がしました。参加者も家族と親戚とごく一部の親しい友人知人のみでした。あっけなく終わってしまった、何か物足りなく、寂しい思いや涙する時間も無かった、今までの付き合いは何だったか、想い出も何もかも心に浮かぶ暇さえ無かった気がした。
自分の葬式はここではやって欲しくないと思った・・・・
自分が死んだら、何人かの心にじーんとくる感情を持って欲しいと思った。

投稿者: 税理士法人あけぼの

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