家系を護る田分けブログ
「相続対策は家が滅べば意味が無い、家系・先祖・子孫を護ることが最優先である」

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2019.10.08更新

 皆様は有名人の墓参りをしたことがありますか。また観光で神社仏閣に参詣されたときそこに祀られている有名人のお墓に参詣した人は日本人ならほとんどです。
日本だけでなく世界中にお墓があり、特に王族や豪族など権力者のお墓が大きく立派なのはなぜでしょうか。
死んでから権力を見せつけても意味がなく、そこから生き返るという迷信も埋葬品の価値から見ても疑いたくなります。そうではなく子孫繁栄の基礎であると考えた方が納得できます。

人間死んだらお終い、すぐに直葬で、骨は散骨し、お墓は墓じまいで、合同墓にしてお参りにも行かない。
こんな風潮がはびこっていますし、マスコミでそれらを煽ってもいます。
お葬式も安い方が良いと簡素化し(従来のぼったくり的葬儀社が良いのではありませんが)、また家族だけで見送り、どうせ死んだら終わりだからと云って墓じまいをすると一体どうなるか。

墓じまいをすることで先祖を忘れることになります。先祖を忘れると言うことは先祖に感謝先祖供養をしないことです。大きな木があるとします、根に水をあげないと徐々に弱ってきて最後は枯れてしまいます。先祖と自分、そして子や孫は全てつながっているのです。
根幹枝葉と同じです。水分は根っこから吸収するのです、根を切る墓じまいは徐々に子供孫を枯らしていくのです。
なぜ権力者や先祖代々続いている金持ちが、いかにお墓を大事にしているか、そこに代々続く秘密があるのです。

投稿者: 税理士法人あけぼの

2019.10.02更新

「自分はどこからきたのだろう?」と考えると、私の若いときのテレビドラマを思い出します。
相続を考える年になった皆様もご覧になったことがある方も多いと思いますが、「ROOTS」という番組です。その中で黒人の老人はこのように言ったのです。

昔のことを忘れるな 覚えていて子供たちに伝えるのだ
ここで生まれた黒人は根なし草だ  アフリカ人でもなく、まして白人でもない
まるで故郷を持たぬ新しい部族のようだ 故郷を知らないから自分すら分からないんだ

「ROOTS」は、1750年〜1880年が舞台のドラマで、黒人少年「クンタ・キンテ」が突然奴隷としてアメリカ大陸に連れて来られ、白人からの差別に耐えながらも、アフリカ人としての歴史や誇りを子供や孫の世代まで伝承し、末代まで子孫達が自分のルーツを忘れずにたくましく生きて自由を勝ち取っていく、1977年のアメリカで社会現象になるほど大ヒットしたドラマです。
「故郷を知らないから自分すら分からない」という台詞は、自分たちのルーツがアフリカだったことを知らなければ、自分が何者かすらもわからない、という意味です。つまり自分のルーツを忘れずに、子孫に語り継ぐ大切さを主人公のクンタ・キンテに伝えているのです。
これこそが家系図なのです。

家系図をつくることでこれを子供や孫が見て自分のルーツを知ることが出来、家族の歴史や親戚縁者も判り、家を考えることが出来るのです。またこれを繋ぐ事で未来の子孫に託せるものが出来るのです。
家系図はバラバラになる子孫をつなぐ血縁という流れを伝える歴史書なのです。

投稿者: 税理士法人あけぼの

2019.09.28更新

 相続で失うものと得るもの、「お金では買えないもの」があるのです。
遺産分割で争って得るものはお金・財産だけです。
失うものは親子関係、兄弟関係、人間が生きていく上で最も大事なものは家族や親戚関係や友達など人間関係なのです。
これが切れてしまうと精神的不安定になり、自分探しの旅に出たりするのです。孤児の人々がどのように生きてきて、どれ程精神的に不安であったか。この世に自分はたった一人であり、頼れるところ相談するところがないのがどれ程悲惨になるかを考えて下さい。

欲に駆られた今の自分では思いつかないかも知れないが、自分が兄弟喧嘩をすることで、自分の子供は伯父さん叔母さんや従兄弟などの関係を切られてしまうとしたら。
喧嘩して墓参りも出来なくなれば根っこを切られた木と同じです。時間が経てば徐々に枯れてくるのです。

運が良いのは「親の七光り」がある事を覚えて下さい。
家族が崩壊すると、地域社会も崩壊し、最後はこの日本が崩壊するのです。
いま自由という名のもとに好き勝手に生きている人がいます。その自由は安定した社会がある事で存在するのです。
国家が崩壊すれば自由どころか安定した仕事や食料や安心して暮らすことすらなくなるのです。
ユダヤ人の生き方の本がありますが、国という守がなく流浪の民として悲惨な生活を送ってきたユダヤ人だからこそ家族の絆が大事だと言っているのです。いま私達は何でも自由で何でも買えると思っていることは錯覚なのです。家族があり国家があるからこそ自由も安全もあるのです。
失う前に大事なことを考えて下さい。「絆し(ほだし)」があるから「絆」があるのです。

 

投稿者: 税理士法人あけぼの

2019.09.20更新

「こころの朝」木村耕一  1万年堂出版からの引用です。

「三頭のウシを食べたライオン」 人生にこんな場面ありませんか

「イソップ物語」は、子供向けに作られた話ではありません。本当は、大人へ向けた、生き方のアドバイスだったのです。イソップは、二千五百年ほど前の人で、ギリシャの奴隷であったといわれています。弱い立場にあった彼は、動物を利用した例え話を作って、メッセージを発信していたのです。

三頭のウシが、いつも並んで草を食べています。
ライオンが、このウシを襲おうとしました。
しかし、百獣の王であっても、
ウシが団結して向かってきたら 逃げるしかありません。

ライオンは、考えました。
「これは、力では勝ちめがないな。つまり、あいつらを、バラバラにすればいいんだ。
何かいい方法はないだろうか……」

次の日から、ライオンは、草の陰に隠れて、
ウシが仲間から離れるチャンスを待っていました。
そして、一頭に近づいて、
「君のことを、彼らはバカにしていたよ」と、ささやいたのです。
次の日、ライオンは、別のウシのそばへ行って、
「君の悪ロを聞いたぞ」と教えました。

最後の一頭にも、「彼らは、君の文句ばかり言っている」と告げたのです。
ウシたちは、最初は、「ふん! そんなことはないさ」と聞き流していました。
、
ところが、ちょっとしたことでぶつかった時に、
「ライオンが言っていたことは、本当かもしれないな」
という思いがわいてきました。

一度、疑いが出てくると、
「どうも、おかしい」「いつもと、違うな」
と、何でも悪いほうへ、悪いほうへと
拡大解釈するようになってしまいます。

やがて、ケンカが始まり、
三頭のウシの心は、完全にバラバラになりました。
「おまえの近くになんか、いたくないさ」と言って、
わざと距離を置いて草を食べるようになったのです。

ライオンは、忍耐強く、この時を待っていました。
悠々と一頭のウシに襲いかかります。
かみついて、引きずっていっても、残りの二頭は、
仲間を助けようともしません。
悲しいことに、団結を失うと、やがて自分の命が
危なくなることに、誰も気づかなかったのです。
やがて二頭めが殺され、三頭すべてが、
ライオンの餌食になってしまったのでした。

悪口を言う人に会ったら、このライオンのような、恐ろしい人だと思って、
遠ざかったほうがいいのです。
自分の悪口が聞こえてきても、気にしないようにしましょう。
真に受けて、友人や仲間を疑い始めると、人間関係が壊れ
てしまい、すべてがダメになってしまうのです。

 

投稿者: 税理士法人あけぼの

2019.09.16更新

 少し前から「最後は一人」とか、「家族は邪魔」とか家族をバラバラにするような報道とか本の出版が目立ちます。大袈裟ですが日本解体作戦の最終局面に来たのです。
戦後日本を弱体化させるべく色々な政策を講じてきました。親子分断のアパート政策や戦後の教育等で家族関係を壊し、日本中の至るところで現実に家族関係が壊れたのを見ている中で、だめ押しでやっぱり家族なんか最後は一人と宣伝することで、二度と平和な家族には戻らなくなってしまいます。

私達が自由を謳歌できるのは、平和で安定し、経済的にも豊かで文化もあると云う国に守られているからです。国力もなく貧乏な国であればこんなに勝手な自由を主張できる事はないのです。
日本国の最小単位である家庭を破壊すれば、地域が壊れ日本が壊れるのです。
その最小単位である家庭が崩壊すれば、日本も崩壊するのです。
その家庭・家族が争族によってバラバラになっているのです。それは単純に相続だけが原因とは言えないのです。日頃マスコミ等で耳にする「家族は最後はバラバラ」などと言う洗脳が根底にあるのです。

家族がバラバラになったら弱くなり、外敵から身を守れなくなる事をイソップ物語は教えています。

 

投稿者: 税理士法人あけぼの

2019.08.10更新

 お盆に人口大移動で、高速道路は大渋滞ですが、それでも田舎に帰るというのは目に見えない先祖の供養と心で判っているのだと思います。
お盆とは盂蘭盆会であり、目連尊者の亡きお母さんの供養のお話しです。仏教における『盂蘭盆経』に説いているのは次のような話です。
仏道修行の安居の中、神通力第一の目連尊者が亡くなった母親の姿を探したところ、優しかったお母さんは極楽浄土におらず、菩薩界・天界・人間界などあちこち探したが見当たらず、あの優しかったお母さんは餓鬼道に堕ちていたのでした。お母さんは目連を可愛がるため他の人々に対しては冷たがったのです。餓鬼道に墜ちたお母さんは、喉を枯らし飢えていたので、水や食べ物を差し出しましたが、ことごとく口に入る直前に炎となって、お母さんの口には入らず苦しみが増すばかりでした。目連尊者は哀れに思って、お釈迦様に実情を話して母を助ける方法を問うと、「安居の最後の日にすべての比丘に食べ物を施せば、母親にもその施しの一端が口に入るだろう」と答えられました。
その通りに実行して、比丘のすべてに布施を行い、比丘たちは飲んだり食べたりした。すると、その供養の喜びが餓鬼道に堕ちている者たちにも伝わり、お母さんの口にも入り助ける事が出来たというものです。今でもお寺にお盆の法要に行くと施餓鬼供養というのがあり、果物野菜などを供養しています。
もし自分の両親や先祖が同じように餓鬼道に落ちているとすると、少なくとも盂蘭盆会に供養をして助けたいと思うのが子供の気持ちではないでしょうか。
このお釈迦様の話が本当なのか、迷信なのかでどうするかが変わりますが、少なくとも日本に仏教が伝来し、1400年ほど長期間伝承されてきたと言うことは何かあると考えた方がよいのです。
となると、もし墓じまいをしてお寺とも縁を切っている場合は、どうして救ってあげられるのか。勿論仏教以外にも方法があるのかも知れないが、見えないから無いのでなく、見えないけどあると信じてお盆の供養をした方が心の安心に繋がります。

投稿者: 税理士法人あけぼの

2019.08.07更新

前回の続きで本のまえがきを引用します。
「いまや、西洋本来の物の豊かさを重視する物心二元論の物質追求主義の物欲文明の時代は終焉し、これからは東洋本来の物の豊かさと心の豊かさを同時に重視する物心一元論の物も心も豊かで、徳と品格を備え、礼節を知る、精神文明の時代がやってきたということである。
しかも、そのことを史実によって科学的に実証しているのが、私の、文明興亡の宇宙法則説にいう、今世紀中にも見られる、西洋物質文明から東洋精神文明への文明交代による、心の文明ルネッサンスの到来である。」 (引用終わり)

凄いことが書いてあるのです。
もしこれが一般の人にも理解できるようになり、社会の常識となったときには、今の相続財産を如何に分割するか、どうして財産争いを防ぐかという事ばかり考える相続ではなく、如何に心を繋いでいくか、いかに先祖の心を大事にするかという事が重要になり、それが結果として子孫の幸福に繋がると言うことが分かってくるのです。
もしその時までに心を捨て去った今の相続で、墓じまいや先祖は関係なくて自分だけ今だけという相続をしてしまったら取り返しがつかなくなる。
相続の仕方をもう一度原点に戻って考えよう。

投稿者: 税理士法人あけぼの

2019.08.03更新

人間は死んだらおしまいというのがマスコミで常識になっていますが、本当にそうでしようか。
この基本が間違ってしまうと相続の考えはまったく変わってきます。
京都大学名誉教授の岸根卓郎先生が、量子論から解き明かす「心の世界」と「あの世」という本を書かれています。読んでみるとビックリ。
「見えない心の世界のあの世」は存在し、しかもその「見えない心の世界のあの世」と「見える物の世界のこの世」はつながっていて、しかも「補完関係」にある。そしてそれを科学的に立証(ベルの定理とアスペの実験)したと書いてあるのです。

なんとなんと、あの世の世界は科学的に立証されていると書いてあるのではないか。
となると相続のあり方は全く変わってくるのです。現在多くで行われている相続とは財産の分割であると云う見える物の世界だけですが、亡くなっていく両親などは見えない心の世界としてあの世に存在すると言うことになれば相続が代わり、先祖の扱いが変わって来るのです。勿論生きているままの姿ではなく、見えないあの世の世界として存在すると言うことではあるが。

以前自分は幹で先祖は根っこ、子孫は枝葉であるとファミリーツリーの事を書きましたが、まさにこのように先祖と自分と子孫は繋がっていると言うことが量子論では実証されているのです。
目に見えない世界のことを見えるように書いているのが、「ファミリーツリー」の木のイメージで書いているのです。
やはり代々続く家の人達が先祖供養する意味が、現代の科学で証明されたのです。
マスコミや常識論で騙されず、子供や孫が幸せになる相続の方法を考えてみませんか。

 

投稿者: 税理士法人あけぼの

2019.07.31更新

今の日本では死んだらお終いというのが常識化されていますが、世界では死後の世界があると信じている人が大半です。また日本では無宗教が当たり前のようになり宗教というと現世利益を求める新興宗教のようなものと思われています。
しかし若い人達も占いは信じたり、霊の存在を信じたりもしています。

量子論の科学者が真理を探究すればするほど目に見える人間界が全てではないという結論になっていて、日本人だけが未だに現世・今だけの人生だと多くの方が思っているという、世界水準からは大変遅れています。
ここではそれらを詳しく述べることはできませんが、私が読んだ本を次に挙げておきます。
もしこの死後の世界があるとすれば、今の未来が死後であるので、過去の未来が現在と云うことになり、現在があると言うことは当然過去である前世もあることになり、相続の考え方が根本的に変わってきます。現在のように財産をどう分けるかだけでなく、葬儀や供養と云った親などの未来をどうするか、自分たちの未来を子供にどうして貰いたいか、家族の歴史をどうつないでいくかが大きなテーマになるはずです。

私の手元にある本の一部を次に挙げます。
・「転生の秘密、エドガー・ケーシー・レポート」  ジナ・サーミナラ著 多賀瑛訳 たま出版
・「かいまみた死後の世界、よりすばらしい生のための福音の書」  シイモンド・A,ムーディJr著  中山善之 訳  評論社
・「スウェーデンボルグの霊界日記 死後の世界の詳細報告書」 エマヌエル・スウェーデンボルグ著  髙橋和夫訳   たま出版
・「死後の世界を突きとめた 量子力学」  コンノケンイチ著  徳間書店
・「チベット死者の書 仏典に秘められた死と転生」  川邑厚徳・林由香里著 日本放送出版協会
・「人は死なない ある臨床医による摂理と霊性をめぐる思索」  矢作直樹著 バジリコ出版
・「前世療法 米国精神科医が挑んだ、時を超えたいやし」  ブライアン・L・ワイス著  山川紘矢・亜希子訳  PHP文庫
・「輪廻転生 驚くべき現代の神話」  J・L・ホイットン他著  片桐すみ子訳  人文書院

このような本は大きな本屋さんに行けば山のようにあります。宗教の話だからと毛嫌いをしないで下さい。そうではないのです。宗教ではなくて科学の真理の話です。
だからいくらマスコミで家族葬だとか墓じまいと言って人間は死んだら終わりだと洗脳しようとしても、心の奥底では本当のことを知りたいという本能が渦巻いているのです。相続のことを考えながら是非死後の世界のことを調べてみませんか、そうすれば本当の先祖からつなぐというのが意味あることだと分かってきます。

投稿者: 税理士法人あけぼの

2019.07.27更新

この様に考えれば、死んだらお終い、葬式は簡単にして、墓は無く、また墓じまいをしようとかが、自分と先祖との繋がり根っこを切ってしまうことが解ります。根っこを切られた木や枝葉は栄養分が途絶え枯れてしまうのです。

俗に言う良い家系をイメージして下さい。日本で言えば天皇家や藤原家、徳川家、皆様方の地域の名家や旧家など。
これらの家で家族や親戚関係が面倒だという人は、殆どいないと思います。勿論中には家族を嫌っている人もいるかも知れません。でもしっかりした根っこと、幹があればこそ、これからの子々孫々の発展繁栄があるのです。

巷で言われている家族は面倒とか、先祖は祀らない、墓は要らない、家族だけの結婚式や家族葬は、幹である自分で木の根っこを切り、子孫である子供達に栄養分を与えないようにしていると思いませんか。
私たちはマスコミに騙されているのです、先祖が面倒だと思わされているのです。
確かに一部の現象だけを見れば親の介護も大変、親戚づきあいも大変、お年忌法要や親戚付き合いも大変など言い出したらきりがないくらい大変なのです。
しかしなぜ良い家系はその大変さを行っているのでしょうか、それ以上に何かある、それが自分たちの繁栄の基になっているというのを知っているからなのです。

投稿者: 税理士法人あけぼの

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