家系を護る田分けブログ
「相続対策は家が滅べば意味が無い、家系・先祖・子孫を護ることが最優先である」

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2018.02.19更新

人を呼ばない、家族だけでする等の「お金」を判断基準にする人がいますが、残された「故人の知り合いの方の心」はどうなってしまうか。


今回は近所の方が気安い近い場所で、誰でもお別れが出来て心の整理がつくようにという配慮をしました。93年間大勢の方にお世話になりました。その方々の心の中に母親のイメージがあります。
葬儀に参加する全ての人々に心の区切りをつけるお別れと、自分や自分の家族もいつか死ぬのだ。心して死の準備をし、今を精一杯生きるのだ。そして極楽浄土に行く準備もしっかりとするのだと言うことを自覚するのが葬式なのです。


だから葬式にはなるべく参列すべきであり、また喪主は誰でもが参加出来る受入準備をすべきと思います。お金はかかりますが知り合いに「死の用心」を教えるためです。


正月から「死の用心、死の用心」と京都の町を練り歩き、「門松は冥土の旅の一里塚 めでたくも有り めでたくも無し」と読んだ一休さんの心が分かるような気がします。

投稿者: 税理士法人あけぼの

2018.02.15更新

今回は突然亡くなったので事前の準備は出来ませんでした。一般的には医師から危篤と言われたらもうあぶないといって葬式費用を準備します。勿論子供達が亡くなりそうな親のお金を当てにしないなら良いのですが、多くは親の預金を当てにします。
葬式代くらいを事前に引き出しておかないと、イザ亡くなってからでは預金は引き出しが出来なくなってしまうからです。朝早く亡くなり、銀行にそのことが分からないうちに引き出すことは出来ますが、銀行に知れると引き出しストップになります。
時々亡くなる前に引き出した現金は相続税がかからないから、早めに引き出した方が良いという人がいますが、そんな事はありません。預金通帳を少なくとも3年前まで遡りその内容をチェックします。その時に引き出し理由を全て確認しますので相続税の対象になります。

 

葬儀費用は、一般的には葬儀社に払う通夜の食事から葬式費用と三日七日の法要の費用、食事代から引き物まで、お寺様の葬儀のお礼から戒名費用まで、香典返しは参列者の人数、後日忌み明けのお返しなど。一気に支払が発生します。
日頃準備しておかないと困ることにもなります。物論その程度はいつも手元に有りますという方は安心ですが。
こう考えると香典をみんなが持っていくという風習は、準備できていない人にとっては大変助かる事になります。イザと云うときの互助会的な性質も有ります。最近ではご辞退しますと言われることもありますが、これが蔓延すると「香典があったから葬式できた」というひとが困るような気がします。

投稿者: 税理士法人あけぼの

2018.02.13更新

ネットで「死んだらお終いか」と知恵袋で尋ねてみると、殆ど「あたりまえ、当然、お終いですよ、死んでみないと分からない、証明できない等々」の回答がある。
その他の検索を見ても殆ど同じ。来世があると云うのは「宗教」であって「科学的」ではないと言うことになっています。


しかし天外 伺朗著の「ここまで来た「あの世」の科学」という本を読んでみると、世界の科学者はあの世があるのが当たり前であり、宇宙のしくみを解明すればするほど宗教に近づいていく、日本人だけが遅れていると書いてあります。


相続対策を財産分割や節税対策だけでなく、根本を残された故人の家族や子孫の幸せのことを考えれば考えるほど、人間の本質と親や先祖のあり方を考えざるを得なくなる。
現実に自分の母親が亡くなったとき、相続は財産分割よりも大事なことが有るように思う。

投稿者: 税理士法人あけぼの

2018.02.08更新

今まで色々なお葬式に参列しましたが、葬式のは故人が極楽浄土に行く為の儀式をしているようです。そしてその儀式が終われば僧侶の方が「これで故人も浄土に行かれたと思います」と言っていたが、ちょっと心配になる。
言ったと思いますというのは想像でしかないではないか、浄土に行って欲しいから葬式の儀式をするのに、行ったかどうか分からなければ心配になってしまう。
とは言え今時こんな事を言う人はいないようです。日本人の多くの人が人間は死んだら終わり、魂なんか無いと考えているようです。だから遺産分割の方法だけしか書いてない遺言書や、財産のことしか考えない相続対策が溢れているのです。


もし霊魂があってどこへ行くかとか、自分が死んだときに極楽浄土が有るのなら行きたいとかの思いがあれば、それこそ子供達に言っておかなければ死後の世界が恐くて仕方がない。
以前から何度も言っているように、代々続いている家は先祖をキチンとお祀りしているのは意味があるように思えてきます。

投稿者: 税理士法人あけぼの

2018.02.05更新

仏教の十界のように細かく別れている世界もありますが、キリスト教やイスラム教も地獄があるとされています。地獄と天国しかないかは色々調べるとその中にも段階があるようで、やはり生きている時の行いによって行く場所が違っているようです。

 

となればどうすれば少しでも良い処へ行けるかが問題となります。
もし本当に来世があるとすれば、来世どこへ行くかを例えば大学受験と考えればやはり良いところへ行きたいと思います。良い大学に行くためには受験勉強が要りますが、生前母親は受験勉強というか、良い処へ生まれ変わりをする為の準備はしたのかが心配になります。

 

もし人間界を高校とすれば、高校の3年間でクラブ活動や生徒会活動、彼女や友達の楽しい語らいは受験勉強には直接関係が無い、部活の推薦入学は部活そのものが受験勉強とみなされるので別格。

人間界でお金儲けをして、社長や会長になり、名誉職をいっぱい持ち、毎日美味しいものを食べるなどの人間の楽しみは大学受験としたら一体どうだろうか。

死んだらお終い、お金も地位も名誉も、愛する家族も全てこの人間界に置いていくのである。
私の母親は良い処という佛の世界、極楽浄土や天国に行くための受験勉強をしていたのだろうか。
子供として何か受験を応援することは出来るのかが問題となったのです。

投稿者: 税理士法人あけぼの

2018.02.01更新

人間は死んだらどうなるのか、今まで人間は輪廻転生をすると信じてきたが、輪廻転生と言っても色々ある。仏教では十界と言って「地獄・餓鬼・畜生・修羅・人間・天・声聞・縁覚・菩薩・仏」の世界があるようです。
キリスト教は勉強不足でよく分かりませんが、輪廻の思想はなく神に召されて天国に行くようです。
イスラム教では、死後に魂が肉体を離れてバルザクという所に行くようです。
どちらにしてもどうも死んだらお終いではなく、霊魂がどこかに行くようです。

 

となると母親は人間としての命は終わったが、この先霊魂とか魂というものがあり、次の世界に行くようです。
人間界の死とは、例えば高校を卒業して大学に入学するようなものと勝手に思っていますが、最近の日本人は死後の世界はないというのが多くなっています。その人達は「死後の世界は無い、行って帰ってきた人が無いからそれが証明だ」と言っています。
その理論は全く間違いと言うことが分かります、なぜなら高校を卒業して大学に入学した人は2度と高校には帰ってこないからです。
となると母親は一体どこに行ったのかが大問題となります。


親孝行をもし考えるのであれば、最後の親孝行が良い処へ行く手伝いをすることではないでしょうか。

投稿者: 税理士法人あけぼの

2018.01.31更新

26日の朝6時に電話がありました。実家の姉からです。すぐに閃きました母に何かあったと。朝起きて挨拶しても返事が無いからベッドに行き顔を見たら息が止まっている。すぐに医者を呼びましたが、駄目かも知れないという内容でした。
飛び起きて実家に行きましたが、残念ながら93才の母は事前の予兆もなく急に逝ってしまいました。
そこから葬儀社との打合せ、知り合いに連絡、通夜と葬式そして三日七日の法要の参加等、喪主は兄が務めたので私自身はまだ楽だったのですが、仕事などの予定は一切キャンセルでした。

 

人が亡くなるのはどれ程大変か、相続や事業承継をどうするかなどやることは山のようにあります。
このブログで色々書いてきましたが、実際に自分の母が亡くなったので、これからが書いてきたことの実践となり、書いてきたことが正しかったかの証明となります。
ちなみに母は93才で死亡原因は老衰でした。時々からだか辛くて早く迎えが来ないかと漏らしていましたが、エンディングノートや遺言書などは一切残していませんでした。


また私自身も大事だとこのブログには書いていますが、ここまでの高齢者になれば子供達が対策をすべきと思っていますので、母にはそのようなことは一切話していませんでした。

投稿者: 税理士法人あけぼの

2018.01.24更新

数年前に父親が亡くなり会社を継いで社長となっていました。突然の病死です。奥さんと二人のお子さんはまだ若く、これからどうするといった心配が大きくのしかかります。


勿論相続対策やエンディングノートなどは考えてもみなかったです。ただイザと云うときのために生命保険だけは加入していました。
一般には生命保険を加入しても、まさか自分が保険金を貰うとは夢にも思っていないと思います。
一寸先は闇とは言いますが、まさか自分が死ぬと考える人はごく例外だと思います。


このブログでは相続対策は家が亡びれば意味がない、家系を守ることが子孫を幸せにすると言っていますが、果たしてこの長男の子供達は幸せになるでしょうか。
当分の間は母親と祖母だけで育てていき、父親のいないハンデを背負って行くとおもいます。


二宮尊徳翁の相続のコツを以前書きましたが、まさに残された奥様が会社を引き継ぐはずですので、多くの方に会社経営を聞きながらすると思います。
その後です、子供が運が良いか悪いかはどうして決まるのか、見えないものは証明できませんが、残された皆様が幸せになるように祈るしか有りません。

投稿者: 税理士法人あけぼの

2018.01.22更新

一人は知り合いのお父さん、95才ですので一般的には大往生と言えます。ここまで生きて戴くと思い残すことはないと言えますが、エンディングノートや遺言などがあれば相続も揉めなくてすみます。この様なことはいくら知り合いと言っても聞けるものではないので、勝手に自分が想像して心配するだけですが。


また高齢になればなるほど子供達に対する相続対策や事業承継は終わっているし、また財産も介護や医療費で使っていますのでもの凄く財産があれば別ですが、遺産分割も心の始末も難しくはないと思います。


勿論財産が多く遺産分割が簡単ではないという方もお見えになっているとは思いますが。
今回の方は大丈夫のような気がします。

投稿者: 税理士法人あけぼの

2018.01.12更新

二宮尊徳翁の教える相続のコツ 「25相続のこつ(第104夜)」
若い者は家道をよく研究しなさい。


家道とは収入財産に応じてわが家を維持する方法のことだ。家を維持するのはやさしいようだが至ってむずかしいもんだ。まず早起きから始めて、勤倹に身を慣らすようにせにゃあいかん。それから、農なり商なり、家業の仕方をよく学ぶことだ。それをしないで家を相続したんでは、将棋にたとえれば、駒の並べ方もよく知らないでさそうとするようなもんで、さすたびに負けて、結局は失敗するのが目に見えとる。

 

もしやむなくこの修業ができないうちに相続するようなことがあれば、親類や後見人などすぐれた人を師として、いちいち指図を請うて、それにしたがうのがよい。
これは将棋を一手ごとに教わりながらさすようなもんで、それなら間違いはない。それを、うぬぼれて、人に相談もせず、気ままにお金をつかえば、たちまち相手に取られてしまう。父のこしらえた家を相続するのは、たとえば、将棋の駒を人に並べてもらったようなもんだ。将棋の道を知らんのに、すべて自分の思うままにさしたりすれば失敗するのはあたり前のことだ。

 

『中庸』という本の中に「愚かであるくせに自分の考えどおりやろうとしたり、身分が低いくせに勝手気ままに振舞ったり、現代に生活しながら昔からのやり方にそむく。こんな手合は必ず禍にあうだろう」とある。


「今の世に生まれて、古来からの道にそむく」というのは、後世の子孫と生まれた身でありながら先祖累代の家を不足と思い、伝来の家具を不足に思い、先祖をそしったり、勤倹の道にそむいてぜいたく三昧の生活にふけるといったことをいうんだ。昔の人はこのようにていねいに戒めてくれるんだ。よくつつしまなくてはいかんぞ。

投稿者: 税理士法人あけぼの

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